日本の年末の風物詩となっている、ベートーベンの交響曲第9番の中の第4楽章で演奏される、「歓喜の歌」、通称「第九」についてご紹介します。

この楽曲は、知らない人がいないのではないかと思われるくらい有名な曲ですが、何度聴いても聴き足りないような、雄大な作品です。

 

●交響曲第9番 第4楽章「歓喜の歌」 

作詞:シラー、ベートーベン

作曲:ベートーベン

 

作詞家のフリードリヒ・フォン・シラー(1759~1805年)は、ドイツ人の詩人であり、歴史学者、また劇作家であり、思想家でもあった。

作曲家ベートーベンは、作詞家として冒頭の詩を、書き加えている。

 

1792年、当時22歳のベートーベンは、詩人シラーの作品である「歓喜の歌」の初稿に出逢い、感動し、曲をつけようと考えます。

1803年、作詞家のシラーは、「歓喜の歌」を改稿し、2年後に死去します。

1824年、ベートーベンは、改稿版「歓喜の歌」に自身の歌詞を加え、交響曲第9番を完成させます。

 

皆さんが、よく聞き覚えのある通称「第九」と呼ばれる合唱は、この交響曲第9番第4楽章のごく一部に過ぎません。交響曲第9番は、ベートーベンの9番目にして、最後の交響曲になります。全体の演奏時間は、ベートーベンの交響曲の中では最長で、そのテンポにもよりますが、57~80分と言われています。

ベートーベンは当時、すでに聴力を失っており、初演のステージに立ち会いましたが、聴衆の拍手喝采に気づかず、失敗に終わったと思い、喝采に気づかないベートーベンは、手を引かれ民衆の前に出されるまで、その成功に気づくことができなかったと逸話が残されています。ですがこの初演以外は、この交響曲第9番は不評とされ、ベートーベンはこの世を去ることとなります。その背景には、楽団や楽器の未熟さがあったようです。時代が、まだ、ベートーベンの交響曲第9番を表現しきれなかったのです。

 

日本では、1918年、徳島県のドイツ兵捕虜により全曲演奏が行われたのが初演とされております。この初演には諸説あり、初演ではないと否定的にとらえるものもあります。

もし機会がありましたら、オーケストラと合唱の大作「交響曲第9番」を、全楽章通して聴いてみて下さい。4楽章までの道のりは長いですが、人々の声が楽器のように鳴り響く作品です。